防災リュックの手袋は軍手でいい?EN388の耐切創レベルと、防災セットに入っている手袋の正体

目次

防災用の手袋の強さは、感覚ではなく数値で決まっている

押し入れから防災リュックを引っぱり出して、中身を畳の上に並べてみる。水、ライト、ホイッスル、モバイルバッテリー。そしていちばん底に、いつ入れたのかも思い出せない白い軍手がひと組。——ここまでは、たいていの家で同じ光景になります。

その軍手をこのまま入れておいていいのかどうか。答えを先に置きます。手袋の「切れにくさ」は、欧州規格EN388によって数値で線が引かれています。回転刃を押し当てるクープテストなら、いちばん下のレベル0が指数1.2未満、いちばん上のレベル5が指数20.0以上。刃のほうが鈍ってしまう素材には EN ISO 13997 の TDM 試験を追加し、レベルAが荷重2N以上、レベルFが30N以上と定められています(2026年8月30日確認時点)。

では軍手はレベルいくつなのか。ここが本題です。軍手には、この等級が付いていません。付けなくてよいことになっているから付いていないのです。「軍手は弱い」という感覚の話ではなく、強さを名乗る仕組みがそもそも用意されていない、という制度の話。この記事では、そこを一次情報でたどり直します。

この記事でわかること

  • 軍手の耐切創性能を保証する規格が、なぜ「無い」と言えるのか(業界団体の除外規定)
  • EN388:2016 の耐切創等級が、それぞれ何N以上・指数いくつ以上なのかという実際の数値
  • 市販の防災セットに標準で入っている手袋は「軍手」ではなく「ラバー手袋」だという事実
  • いま家にある手袋を、タグの表記だけで見分ける4つの手順

手袋は、防災リュックの持ち物のうちでも優先度が高いほうに入る一方、「とりあえず軍手」で済ませて何年も見直されない品でもあります。リュック全体の中で何を残して何を捨てるかは防災リュックの中身リスト|最低限の6つと、入れなくていい5つにまとめてあります。この記事はそのうち手袋の1項目だけを、規格の数値まで掘り下げる担当です。

軍手には、耐切創の強さを保証する規格が無い

軍手とは、綿糸などを筒状に編んで作った作業用の手袋のことです。定義に「強度」の条件は含まれていません。

手袋の表示について国内でルールを定めているのは、日本手袋工業組合の「手袋製品品質表示基準書」です。ところがこの基準書は、「軍手、作業手袋、医療用手袋などJISで別途定めのあるものには適用しない」という除外規定を置いています(2026年8月30日確認時点)。つまり業界団体の表示ルールは軍手の外側を通っていく。では代わりに軍手の耐切創性能を保証するJIS規格があるのかというと、今回の調査範囲では、それにあたる規格を見つけられませんでした。

ここで一つ、よく取り違えられる番号があります。「JIS T8116」です。これは産業用の手袋規格として引用されることがありますが、正式名称は「化学防護手袋」。酸やアルカリ、有機薬品から手を守るための規格であって、切れにくさ・刺されにくさといった機械的リスクを測る規格ではありません。耐切創の話をしているときにこの番号を根拠として持ち出すと、話が丸ごとずれます。

「規格が無い」=「必ず切れる」ではありません。正確には、その手袋がどれくらいの力で切れるのかを示した試験結果が公表されていない、という状態です。強いのか弱いのかを判断する材料が手元に無い。防災の備えとしては、そこが困るわけです。

足元についても事情はよく似ていて、ただしこちらは事情が逆です。スリッパにはJIS T8101という踏み抜きの基準値があり、数字で比べられます。防災スリッパは必要?内閣府が載せた被災者の声とJIS規格で足を守る備えを決めるで扱っているのは足だけ。足元は向こう、手はこちらという分担にしてあるので、両方そろえたい方は続けて読んでください。

耐切創レベルは、2つの試験の数値で表される

EN388とは、手袋の機械的な強さ(耐摩耗・耐切創・耐引裂・耐突刺など)を試験して等級で表示する欧州の規格です。日本国内で売られている耐切創手袋も、等級表示は事実上このEN388をそのまま使っています。

ややこしいのは、2003年版と2016年版で表示の作りが変わっている点です。2003年版は、回転する円形の刃を当てて何往復で切れるかを測るクープテストだけを使い、レベル0〜5の1本立てでした。2016年版はここに EN ISO 13997 の TDM 試験を足します。素材によっては刃のほうが先に鈍ってしまい、クープテストが正しく効かないため、直線刃に荷重をかけて切断に至る力を測る方式を併記するようになった。結果、「3B」「4342B」のように数字の列の末尾にアルファベットが付く2階建ての表記になりました(2026年8月30日確認時点)。

試験の種類 等級 基準値 数値の読み方
クープテスト(回転刃) 0 指数1.2未満 綿布を基準にした比の値。数字が大きいほど、切れるまでの往復回数が多い
クープテスト(回転刃) 1 指数1.2以上
クープテスト(回転刃) 2 指数2.5以上
クープテスト(回転刃) 3 指数5.0以上
クープテスト(回転刃) 4 指数10.0以上
クープテスト(回転刃) 5 指数20.0以上
EN ISO 13997(TDM試験) A 荷重2N以上 刃を押しつける力。数値が大きいほど、切断に至るまでに強い力が要る
EN ISO 13997(TDM試験) B 荷重5N以上
EN ISO 13997(TDM試験) C 荷重10N以上
EN ISO 13997(TDM試験) D 荷重15N以上
EN ISO 13997(TDM試験) E 荷重22N以上
EN ISO 13997(TDM試験) F 荷重30N以上

出典:Simon株式会社 公式技術資料(EN388:2016 機械強度ピクトグラム解説)/2026年8月30日確認時点

数字が並んだので、体感に翻訳しておきます。Nはニュートンという力の単位で、1Nはおよそ100グラムの物にかかる重力の大きさです。レベルAの2Nは、握った手にスマートフォン1台ぶんほどの重さで刃が押しつけられている状態。いちばん上のレベルFの30Nは、2リットルのペットボトル1本半くらいの重さがかかっている状態にあたります(編集部による単位換算)。AとFでは、基準の荷重で15倍の開きがある。クープテストの側もレベル0の1.2未満とレベル5の20.0以上を比べれば、指数で16倍以上の差です。等級が1つ違うと何が変わるのか、これで少し掴めるはずです。

そなえぐらし管理人
売り場で「耐切創手袋」と大きく書いてあっても、数字を見ないと強さは分かりません。逆に、数字さえ読めれば商品名は要らない。ここは規格に頼っていい場面です。

いま家にある手袋を、タグの表記だけで見分ける4つの手順

買い足す前に、まず手元の1組を確かめます。特別な道具は不要で、明るいところで表示を読むだけです。

  1. 「EN388」の4文字を探す。手袋の甲、手首の内側のタグ、袋入りならパッケージの裏面。この表記が見当たらなければ、その手袋には機械的な強さの等級が付いていません。
  2. EN388のそばに並ぶ英数字を左から読む。「4342B」のように数字が並び、末尾にアルファベットが付いていれば2016年版の表示です。
  3. 数字だけで終わっていたら2003年版。この場合、耐切創はクープテストのレベル0〜5だけで表されていて、TDM試験の等級は付いていません。古い表示だから無効という意味ではなく、測り方が1種類だという意味です。
  4. 末尾のアルファベットをA〜Fの表と突き合わせる。それが上の表の荷重にあたります。並びのどの桁が何の試験かは、メーカーの技術資料や商品ページの説明で確認してください。

手袋を1組しか買わないなら、袋から出してタグを切らずに残しておくと後から自分で確認できます。備蓄品は数年単位で置きっぱなしになるので、「買ったときの自分」の記憶はあてになりません。

規格の番号で選ぶ、というやり方そのものは手袋に限りません。防災ヘルメットと防災ずきんはどちらが必要?国家検定と防炎認定の違いで選ぶでも、名前の印象ではなく「どの試験に通っているか」で切り分けています。防災用品は、この読み方を覚えるとまとめて判断が速くなります。

市販の防災セットに入っているのは、軍手ではなくラバー手袋である

ラバー手袋とは、ゴム素材でできた薄手の手袋のことです。水や汚れを通さないことが主な役割で、切れにくさを目的にした製品ではありません。

ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。「防災セットを買ったから手袋は入っている」と思っている方は多いと思いますが、主要メーカー2社の公式内容物リストを実際に開いて確認したところ、どちらにも「軍手」の語はありませんでした。書かれていたのは「ラバー手袋」です。

メーカー 製品 公式リストの手袋の表記 「軍手」の語 確認日
アイリスオーヤマ 防災リュックセット BRS-33 ラバー手袋 無し 2026年8月30日
山善 防災セット YBG-30R ラバー手袋 無し 2026年8月30日

各社公式サイトの内容物リスト記載を編集部が確認。内容物は改定される場合があります。

つまり、防災セットを一式買った人の手元にあるのは衛生用のラバー手袋であって、鋭利なものが散らばった場所を想定した手袋ではない、ということになります。これは各社の手抜きではありません。ラバー手袋にはラバー手袋の役目があるからです。汚れた水にふれる場面や、片付けのあとの消毒作業では、むしろこちらが要る。水にぬれた家の作業をどの順番で進めるかは浸水した家の片付けと消毒|洗って乾かしてから消毒する順番と、薬剤の使い分けに整理してあります。

問題は、両方が要る場面で片方しか入っていないことです。セットに入っていない品は、そのまま何年も気づかれずに欠けたままになります。防災グッズで忘れがちなもの|被災地の調査で「地震のあとに買い足された」品目から逆算するで扱っている「あとから買い足された品目」と、性格がよく似た穴だと言えます。

  • 防災セットを開けて、手袋が何枚・何種類入っているか数える
  • その手袋に「EN388」の表記があるか見る
  • ラバー手袋しか無ければ、厚手の手袋を1組ぶん足す枠を作る

公的機関が持ち出し品に書いているのは「厚手の手袋」である

非常用持出品チェックシートとは、災害時に持ち出す品目を分類して一覧にした、行政が配布する確認用の資料です。

総務省消防庁が公開している非常用持出品チェックシートを開くと、「生活用品」の区分に「厚手の手袋」と書かれています(2026年8月30日確認時点)。ここで注目したいのは、書かれていない言葉のほうです。「軍手」とも「皮手袋」とも書かれていません。

素材を指定していない、と読むこともできます。厚手であること以外に条件を出していないわけですから。ただ、これを裏返すと、素材名で覚えても手がかりにならない、ということでもあります。綿だから弱い・革だから強いという分け方には試験の裏づけが無く、実際に切れにくさを比べられるのはEN388の等級だけ。公的なチェックシートが素材で書かないのなら、こちら側は等級で読む。役割分担としては、それで筋が通ります。

公的機関の資料は「何を持つか」を網羅する道具で、「どれを買うか」を決める道具ではありません。チェックシートで項目を洗い出し、規格の数値で製品を絞る。この二段構えにすると、リストの空欄が具体的な買い物に変わります。

なお、けがをしてしまったあとの手当てや、救助を呼ぶかどうかの判断は、この記事の範囲外です。出血や刺し傷があるときは自己判断せず、消防・医療機関の案内に従ってください。

この記事が当てはまらないケース

正直に書いておきたい範囲があります。

  • すでに耐切創手袋を持っている方——買い替えの必要はありません。タグの等級を控えて、リュックの中身表に書き添えるだけで十分です。
  • 作業そのものを人にお願いする前提の方——高齢のご家族だけの世帯などでは、片付けを自分でやらない選択のほうが安全な場合があります。手袋を厚くするより、依頼先を先に決めておくほうが効きます。
  • 手袋の等級で「けがをしない」ことを確認したい方——それはできません。EN388が示すのは試験の条件下で測った切断までの力であって、実際の現場での結果を保証するものではないからです。数値は比べるための物差しであり、安全の約束ではありません。
  • そもそも割れ物を減らしたい方——手を守る前に、割れる物を落とさない対策のほうが上流です。冷蔵庫・テレビ・食器棚の地震対策|家具転倒防止の実測でわかる固定と、やる順番を先に読んだほうが、費用対効果は高くなります。

よくある質問

Q. 軍手を二重にすれば、耐切創手袋の代わりになりますか?

代わりになるかどうかを示す試験の数値を、今回の調査範囲では確認できませんでした。EN388の等級は1組の手袋に対して付けられるもので、重ね履きした状態の等級というものは存在しません。数字で確かめられない以上、「二重なら大丈夫」とは書けない、というのが正直なところです。

Q. 防災セットに入っているラバー手袋は、捨ててしまっていいですか?

いいえ、役割が別です。ラバー手袋は水や汚れを通さないための手袋で、片付けや消毒の作業では出番があります。厚手の手袋と入れ替えるのではなく、両方を入れておくのが素直な形になります。

Q. EN388の表記が無い手袋は、防災用に使ってはいけませんか?

使ってはいけない、という意味ではありません。表記が無いのは「切れにくさの試験結果が示されていない」状態であって、弱いことの証明ではないからです。ただし比べる物差しが無いので、選ぶときの判断材料にはならない。手袋を新しく買うのであれば、等級の書いてあるものを選ぶほうが、後から自分で確認できます。

Q. 皮手袋なら安心ですか?

素材名だけでは判断できません。消防庁のチェックシートにも「厚手の手袋」とあるだけで、皮という指定はありません。革製であってもEN388の等級表示が無ければ、切れにくさを数値で比べることはできない。見るべきは素材ではなく表示です。

Q. 家族ぶんをそろえるとして、何組あればいいですか?

組数を決める公的な基準は、今回の調査範囲では見つかりませんでした。ただ手袋はサイズが合わないと作業ができないため、共用を前提にしにくい品ではあります。リュックを一人ひとつ持つ形にしているなら、手袋もそれに合わせて数えるのが分かりやすいはずです。

まとめ:今日やることは、リュックのタグを1枚読むだけ

手袋の話は、突き詰めると「数字が書いてあるか、書いていないか」の一点に収れんします。軍手には強さを名乗る仕組みが用意されておらず、市販の防災セットに標準で入っているのはラバー手袋。公的なチェックシートは「厚手の手袋」としか言わない。だからこそ、比べられる物差しはEN388の等級しか残っていないわけです。

そなえぐらし管理人
買い足しは後日でかまいません。まずは「うちのリュックに入っているのが何なのか」を知るところまで。ここが分かっていないと、買い足しても同じ物が2組になります。
  1. 防災リュックを開けて、手袋を全部出す。何枚あるか、種類が何かを数えます。
  2. タグとパッケージで「EN388」を探す。あれば末尾の英数字を、この記事の表と突き合わせて控えておきます。
  3. 無ければ、リュックの中身表に「厚手の手袋(EN388表記あり)」と1行足す。買うのは次の買い物のときで間に合います。

ここまで手元の1組を確かめたら、次はリュック全体を同じ目で見直す番です。防災リュックの中身リスト|最低限の6つと、入れなくていい5つに戻ると、手袋以外の項目についても「入れっぱなしで見直していない品」が見つかると思います。

参考・出典

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この記事を書いた人

登山が趣味の会社員。山で非常食を食べてきた経験から「食べ慣れないものは災害時つらい」と実感し、家庭の備蓄を見直し中です。実際に買って食べたものだけ「おすすめ」と書きます。失敗も隠しません。

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