台風が近づくと「避難所に行くしかないのか」と身構えてしまいます。けれども避難という行動の目的は、避難所という建物に入ることではなく、危ない場所から離れて安全を確保することにあります。内閣府(防災担当)は令和2年9月23日付の通知で、安全な親戚・知人宅、ホテル・旅館等に避難すること、安全な場所にいる人は避難の必要がないことを住民へ周知・広報するよう自治体に求めました。
ですから答えは、最初に二つへ割れます。自宅が安全な場所にあるなら、動かないという判断があります。危ない場所にあるなら動く必要がありますが、その行き先は避難所に限られません。ホテルや旅館は、その選択肢のなかに公式に置かれています。
ただし、ひとつ先に訂正しておきたいことがあります。よく使われる「分散避難」は、法令で定義された用語ではありません。内閣府が2020年(令和2年)の新型コロナウイルス感染症対策のなかで使いはじめた呼びかけの言葉です。制度の名前であるかのように書かれた解説を見かけますが、その点は正確ではありません。
この記事でわかること
- ホテル・旅館への避難は、内閣府が自治体に周知を求めた呼びかけのなかに入っている(令和2年9月23日通知)
- 「分散避難」は制度名ではなく呼びかけの言葉で、「在宅・縁故・車中泊・宿泊施設の4分類」という公式の体系も確認できなかった
- ホテルへ動くかどうかは、自宅がハザードマップの3つの区域に入っているかで判定できる
- 台風は進路が数日前からわかるため、宿を押さえる判断は避難情報が出る前に前倒しできる
避難先にホテルを選ぶことは、内閣府の呼びかけの中にある
ホテル・旅館等への避難とは、自宅が危険な場所にある人が、避難所ではなく宿泊施設を一時的な避難先として使う行動のことです。これは個人が勝手に編み出した抜け道ではなく、国の文書のなかに書かれています。
出発点は、内閣府(防災担当)が令和2年9月23日に出した府政防第1522号「令和2年台風第10号を踏まえた今後の台風における避難の円滑化について」です。この通知の本文には、安全な親戚・知人宅、ホテル・旅館等に避難すること、そして安全な場所にいる人は避難の必要がないことについて、住民へ周知・広報するよう求める記述があります。添付の調査票では「分散避難や安全な親戚・知人宅、ホテル・旅館等に避難すること」という言い方も使われています。
その後の動きもあります。内閣府の「ホテル・旅館等への避難について」というページ(2026年9月2日確認時点)では、令和6年1月6日付の事務連絡「避難所としてのホテル・旅館等の積極的な活用について」と、令和6年1月13日付の事務連絡「ホテル・旅館等に避難した者への支援について」が紹介されています。つまり呼びかけは2020年で止まっておらず、2024年にも続いています。
正直に書いておきます。上記の令和6年の事務連絡について、当編集部が確認できたのは内閣府ページ上の紹介文までで、事務連絡そのものの本文は未確認です(2026年9月2日確認時点)。また「避難とは難を避けること」という定義の言い回しは、今回原文を確認した内閣府の2つの資料(令和2年9月の通知/令和6年6月の手引き)のなかには見当たりませんでした。この記事では、その言い回しを内閣府の定義としては扱いません。
なお、避難所と避難場所は法律上まったく別のものを指します。行き先を考えるときに混ざりやすいので、用語の整理は避難所と避難場所の違い|災害対策基本法の定義で先に済ませておくと、この先の話が読みやすくなります。
「分散避難」は制度ではなく、呼びかけの言葉である
分散避難とは、避難者が避難所の一か所に集中しないよう、自宅や親戚知人宅、宿泊施設などへ避難先を分けることを指す通称です。法令に定義規定はなく、所管官庁が制度として体系化した用語でもありません。
根拠を示します。内閣府「在宅・車中泊避難者等の支援の手引き」(令和6年6月)にも「分散避難」の語は登場しますが、そこでの扱いは「新型コロナウイルス感染症拡大を受けて分散避難の取組が進み、旅館・ホテルの活用や親戚・知人宅への避難といった形態が推奨される」というように、すでに通じる言葉として使うだけで、条文的な定義は与えられていません。
よく見かける「4分類」は、公式には確認できませんでした。「在宅避難・縁故避難・車中泊避難・宿泊施設避難の4つ」という整理を解説記事でよく見かけます。しかし内閣府の最新の手引き(令和6年6月)は在宅避難者と車中泊避難者の2類型を中心に組み立てられた文書で、「縁故避難」「宿泊施設避難」という名称そのものは登場しません。手引き中の調査票では「避難所/自宅/知人宅/車中泊/その他」の5択が使われており、ホテル・旅館は独立項目ではなく「その他」などに含まれる扱いです。
この違いは、読者にとって実害のある差になります。制度ではないということは、ホテルに避難したからといって自動的に何かが給付されるわけではないという意味です。宿泊費は原則として自己負担で考えるのが出発点になります。自治体によっては宿泊費の一部を補助する制度を設けている例がありますが、対象者も条件も自治体ごとに異なります。お住まいの市区町村の防災・危機管理担当のページで確認してください。
ホテルへ動くかどうかは、自宅の条件で決まる
この判断でいちばん大事なのは、天気ではなく自宅の立地です。動く・動かないを決める材料とは、ハザードマップに描かれた3つの区域に自宅が入っているかどうかのことです。
以下は、当編集部が公的な区域の定義をもとに作った判定の並びです。上から順に見て、ひとつでも当てはまれば「動く」側に寄せます。
| 確認する項目 | その区域が示していること | 自宅が入っている場合 | どこで見るか |
|---|---|---|---|
| 家屋倒壊等氾濫想定区域 | 堤防の決壊にともなう家屋の倒壊・流出、または氾濫流の激しい流れや河岸侵食が発生し得る区域 | 建物ごと危険になり得るため、上の階へ逃げる形では対応しきれない。最優先で「動く」を検討する | 自治体のハザードマップ、ハザードマップポータルサイト |
| 土砂災害警戒区域 | 土砂災害防止法にもとづき指定された、土砂災害のおそれがある区域 | 斜面から離れる必要があるため「動く」を検討する | 同上(土砂災害のマップは別葉になっていることが多い) |
| 浸水想定区域 | 想定し得る最大規模の降雨で氾濫した場合に浸水が想定される区域として指定されたもの | 想定される浸水の深さと、自宅の階数・電気やトイレの位置で判断が分かれる | 同上(浸水の深さの凡例まで見る) |
3つとも当てはまらないなら、自宅にとどまる判断が成り立ちます。動かないという選択も立派な避難です。その場合に必要なのは、停電と断水が続いても生活が回る準備のほうで、条件の整理は在宅避難の準備リスト|成立する3つの条件にまとめています。
なお、各区域の正式な定義や指定の考え方は、国土交通省の資料や、自治体が配布しているハザードマップの凡例でも確認できます。区域の線引きは見直されることがあるため、最後に見たのが数年前であれば、今年のマップを開き直してください。
宿を押さえる判断は、避難情報が出る前に前倒しできる
警戒レベルとは、災害の危険度と取るべき行動を5段階で対応させた枠組みのことです。市区町村が出す避難情報は、レベル3が「高齢者等避難」、レベル4が「避難指示」で、レベル4は危険な場所から全員が避難する段階にあたります。
2026年5月の名称変更を、避難情報の変更と混同しないでください。令和8年(2026年)5月29日から「新たな防災気象情報」の運用が始まりました。ただし変わったのは気象庁が出す気象警報・注意報の側で、大雨警報などにレベルの数字が付く形になったものです。市区町村が出す避難情報(高齢者等避難・避難指示・緊急安全確保)の名称そのものは、この改定の対象ではありません。なお、レベル4相当として新設された情報の呼び名については、気象庁の該当ページ本文で当編集部が確認できなかったため、この記事では断定しません(2026年9月2日確認時点)。
ここからは当編集部の整理です。避難情報が出る前に宿を予約してよいかどうかについて、公的機関が明示した資料は今回の調査では見つかりませんでした。ただ台風は進路が数日前からわかる災害です。地震のように突然来るものではないため、宿を押さえる判断だけは、避難情報を待たずに前倒しできると考えられます。以下は、その前倒しを時間で並べた表です。
| 時点 | 台風の情報でわかること | 宿についてやること | 自宅についてやること |
|---|---|---|---|
| 接近の5日前ごろ | 進路の予報円に自分の地域が入るかどうか | まだ動かない。ハザードマップで自宅の3項目を確認し、動く可能性があるかだけ決めておく | 備蓄の不足を洗い出す |
| 3日前ごろ | 予報円が絞られ、影響を受ける可能性が具体的になる | 候補の宿とキャンセル規定を調べ、判断の材料をそろえる | 買い出しと、飛ばされそうなものの片づけ |
| 2日前ごろ | 暴風域に入る見込みの時間帯が見えてくる | 「動く」側と決めているなら予約する。キャンセル規定を読んでから申し込む | 充電、水のくみ置き |
| 前日 | 気象情報が細かくなり、自治体からも呼びかけが始まる | 移動の足を決める。交通機関の運休は事業者や状況によって発表の時期が異なるため、各社の発表を確認する | 戸締まり、持ち出し品の最終確認 |
| 当日(風雨が強まる前) | 警戒レベルに応じた避難情報が出はじめる段階 | 明るいうちに移動を終える | ブレーカー・ガスの扱いを決めておく |
この表は「何を持つか」と対になっています。前日までにそろえる中身は台風に備える備蓄リスト|上陸3日前・前日・当日にやることを時系列でに時系列で並べてあります。自分の家の事情に合わせて時間軸を書き換えたい場合は、マイ・タイムラインの作り方|水害の5日前から逆算の手順が使えます。
そのうえで、ひとつだけ動かない原則があります。実際に避難するかどうか、いつ動くかの最終判断は、気象庁が出す気象情報と、お住まいの自治体が出す避難情報にしたがってください。この記事の表は、判断を早める準備のためのものであって、公的な情報に置き換わるものではありません。
ホテルへ避難する準備は、避難所へ行く準備とは中身が違う
ホテルへの避難で必要になる荷物とは、避難所用の持ち出し袋から「共有物として現地にないもの」を引いて、「宿にないもの」だけを足したもののことです。
避難所と違って、要らなくなるもの
寝袋やマット、簡易的な間仕切り、スリッパ、タオル類、洗面用具といった品目は、宿泊施設ならおおむね備わっています。避難所を前提に用意した袋をそのまま持ち出すと、いちばん重いところが不要な荷物になります。
宿にはないので、必ず持つもの
- 常備薬と、お薬手帳(普段の量に加えて数日分の余裕を持つ)
- 健康保険証やマイナンバーカードなど、本人確認と受診に使えるもの
- スマートフォンの充電器とモバイルバッテリー
- 現金(停電時にカード決済が使えない場合に備える)
- 乳幼児や介護が必要な家族がいる場合の、その人専用の消耗品
- ハザードマップと連絡先を書いた紙(電池が切れても読める形で)
宿を取るときに気をつけること
キャンセル規定は、申し込む前に読んでおきたい部分です。国民生活センターは「自然災害が原因で行けなくなったホテルのキャンセル料」(2021年9月8日掲載)で、台風などの不可抗力で宿泊できなくなった場合にキャンセル料の支払い義務が生じるかどうかは契約内容によると説明しています。そして、約款に記載されていない限りキャンセル料を免除する法的義務はないとしたうえで、消費者の側から交渉が必要になる場合がある、とも整理しました。
同センターは、こうしたトラブルの相談窓口として消費者ホットライン「188」を案内しています。予約の前に、その宿の約款で災害時の扱いがどう書かれているかを確認しておくと、キャンセルするか迷ったときの判断が速くなります。
この選択肢が向かない人・当てはまらないケース
ホテルへの避難が向かない状況とは、費用・移動手段・受け入れ条件のいずれかで前提が崩れる場合のことです。当てはまるなら、避難所や在宅避難のほうが現実的です。
- 費用を自分で負担できない場合。前述のとおり分散避難は制度ではないため、宿泊費は原則として自己負担です。自治体の補助制度がある場合も、対象と条件は自治体ごとに違います
- 車がなく、公共交通も止まりそうな場合。移動そのものが危険になれば、動かないほうが安全なこともあります
- 要配慮者がいる場合。内閣府のガイドラインでは、ホテル・旅館等の利用は高齢者・障害者・乳幼児等の要配慮者とその家族が優先的に利用するものとされ、福祉避難所だけでは足りない場合に施設と協定を結んで借り上げる対応も定められている、とされています。ただし当編集部はこのガイドラインの本文を直接確認できていないため(2026年9月2日確認時点)、必要な方は自治体の福祉部門に直接お問い合わせください
- ペットと一緒に動きたい場合。環境省は「同行避難」(ペットと一緒に避難所まで避難する行動)を定義し、キャリーバッグに慣らしておくなどの事前準備を推奨しています。一方で、民間の宿泊施設でのペット受け入れについては、同省の該当ページに記述がありません。受け入れの可否は施設ごとに確認する必要があります
車で移動する前提を立てるなら、置き場所も先に決めておきたいところです。冠水しやすい場所に停めると、避難したのに車を失うことになります。判断の材料は台風のとき車はどこに停める?にまとめました。
台風対策を場所別に整理する
よくある質問
ホテルに避難したら、避難したことにならないのですか
そのようなことはありません。内閣府の令和2年9月23日の通知は、安全な親戚・知人宅やホテル・旅館等に避難することを住民へ周知するよう自治体に求めています。避難先の種類ではなく、危険な場所から離れられたかどうかが問われる、という考え方です。
避難情報が出ていない段階で宿を予約してもいいですか
この点について公的機関が示した見解は、今回の調査では見つかりませんでした。ただ台風は進路が事前にわかるため、当編集部の整理としては、ハザードマップで「動く」側と判定できているなら、避難情報を待たずに予約の判断を進めてよいと考えています。実際に移動するタイミングは、気象庁と自治体の情報にしたがってください。
2026年5月に避難情報の名前が変わったと聞きました
変わったのは気象庁が出す気象警報・注意報の側です。令和8年5月29日から新たな防災気象情報の運用が始まりましたが、市区町村が出す避難情報である高齢者等避難・避難指示・緊急安全確保の名称は、この改定の対象ではありません。混同した解説を見かけたら、気象庁のページで確かめるのが確実です。
宿泊費を補助してくれる自治体があると聞きました
宿泊費の一部を補助する制度を設けている自治体は複数あります。ただし対象者・条件・金額はそれぞれ異なり、全国共通の制度ではありません。お住まいの市区町村名と「宿泊施設 避難 補助」などを組み合わせて検索するか、防災・危機管理の担当課に直接確認してください。
まとめ|今日やることは1つ
今日やることは、自宅がハザードマップの3つの区域に入っているかを見ることだけです。ここが決まらないと、宿を取るかどうかも、いつ動くかも決められません。台風が近づいてからでは、確認する時間そのものが足りなくなります。
- 自宅の3項目を見る家屋倒壊等氾濫想定区域・土砂災害警戒区域・浸水想定区域のどれかに入っているかを、自治体のハザードマップで確認します。
- 「動く/動かない」を先に決めておくひとつでも当てはまるなら、ホテルを含めた行き先の候補を書き出します。当てはまらないなら、在宅避難の準備に切り替えます。
- 動く場合の段取りを紙に落とす接近の何日前に宿を押さえ、何時までに移動を終えるかを書き出し、キャンセル規定を読む工程も入れておきます。
くり返しになりますが、実際に避難するかどうかの判断は、気象庁の気象情報とお住まいの自治体が発表する避難情報にしたがってください。この記事は、その判断が来たときに迷わないための下準備です。
参考・出典
- 内閣府(防災担当)「令和2年台風第10号を踏まえた今後の台風における避難の円滑化について」(府政防第1522号、令和2年9月23日)/https://www.bousai.go.jp/pdf/enkatsu_toushi.pdf(2026年9月2日確認)
- 内閣府(防災担当)「ホテル・旅館等への避難について」/https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/2jihinan.html(2026年9月2日確認。紹介されている令和6年1月6日・1月13日の各事務連絡は本文未確認)
- 内閣府(防災担当)「在宅・車中泊避難者等の支援の手引き」(令和6年6月)/https://www.bousai.go.jp/taisaku/shien/pdf/tebiki.pdf(2026年9月2日確認)
- 気象庁「新たな防災気象情報について」(令和8年5月29日運用開始)/https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/keiho-update2026/index.html(2026年9月2日確認)
- 政府広報オンライン「警戒レベル」関連記事(2026年9月2日確認。アクセス時に本文を直接表示できず、検索結果の要約で確認)
- 国民生活センター「自然災害が原因で行けなくなったホテルのキャンセル料」(2021年9月8日掲載)/https://www.kokusen.go.jp/t_box/data/t_box-faq_qa2021_14.html(2026年9月2日確認)
- 環境省「ペットの災害対策」/https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/1_law/disaster.html(2026年9月2日確認。民間宿泊施設でのペット受け入れに関する記述は同ページに無いことを確認)
- 内閣府「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」(平成28年4月策定、令和3年5月改定とされる版)/2026年9月2日時点で当編集部は本文未確認のため、記述は概要の範囲にとどめています
- 国土交通省の資料にもとづく浸水想定区域・家屋倒壊等氾濫想定区域の考え方、および土砂災害防止法にもとづく土砂災害警戒区域(2026年9月2日確認。区域の正式な定義は自治体のハザードマップの凡例でもご確認ください)
